運動会の思い出

あれは,今から四十年前。私は,K市立S小学校6年3組の児童でした。運動会は10月中旬ごろだったように記憶しています。6年生の種目には,徒競走の他に表現「大昔の生活」や鼓笛パレードをした記憶がうっすらと残っています。
運動会の何日か前に,担任の先生から運動会の閉会式の閉式の言葉を述べるように言われました。
ところが,先生は何も指導してくれません。私は,5年生の時の運動会の閉会式を思い出そうとしましたが,ぼんやりとして,閉式の言葉などどんなものだったか全く思い出せませんでした。「これで閉会式を終わりにします。」でいいのかな・・・それでいいや,と一人考えていました。今になって考えると,なぜ先生に相談しなかったのかと思います。でも,先生に相談するというのは,勇気が要りますよね。私は勇気のない小学生でした。加えて,「面倒くさがり」だったのです。
しかし,当時の先生も先生です。何にも指導しないのですから。
先生という職業が,なんともまあ,のんびりとしたもので,仕事の少ない時代だったことでしょう。
吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」ではありませんが,学年だよりがありません。もちろん学級通信など小学校時代を通じて一度も出たことはありません。先生が,朝,教室に入ってきて,「ちょっと今日は調子がよくないんだ。」と言えば,クラスのみんなは,心配をかけまいと,黙って自習に励んだものでした。一年生のときの担任の先生は,「先生は風邪をひいて喉が痛むので喉の薬をなめますね。」と言って,あのおいしそうなMミルクキャラメルをよくなめていました。天使の舞う図柄の箱の眩しい黄色が目に焼き付いています。私たちは,ただじっと,それを見て,見ないふりをしていたのでした。
校長先生は毎週月曜日の朝礼で,朝礼台の上に立った姿を見て話をきくだけでした。近くでお会いしたのは,表彰式で賞状をもらう時だけでした。しかし,賞状をもらうことはめったにないことなのでした。
それにしても,当時の先生方の欠点ばかりが見えてしまうというのはどうしたことでしょう。つくづく自分の性悪さを感じてしまいます。
そうそう,閉会の言葉でしたね。
運動会当日になりました。開会式の開式の言葉に耳を傾ける少年がいました。
「これから,昭和四十二年度S小学校秋季大運動会の開会式を始めます。」
これをきいて,「昭和四十二年度S小学校秋季大運動会」って言うのか・・・と思いました。
開会式の閉式の言葉にも,真剣に耳を傾ける少年がいました。
「これで開会式を終わります。赤も白も一生懸命頑張りましょう。」
あれっ!「昭和四十二年度」は省略したな。ありゃ!「赤も白もがんばりましょう」かー・・・
閉会式では何て言ったらいいのかな・・・?・・・しばらく考えて・・・
「これで,閉会式を終わりにします」でいいや。それに決めた!と。
競技が終わって,いよいよ閉会式となりました。心臓がドキドキしています。一つ一つが済んでいよいよ閉式の言葉になると,ドキドキは最高潮に達していました。
壇上に上がり,礼をしてマイクの前に進み出ました。
「これで」,と言ったところで,<こんなに大勢の人の前で言うのだから,ちゃんと言わなくちゃ>と瞬間的に判断した脳が,口に命令しました。
・・・昭和四十二年度S小学校秋季大運動会の閉会式を終わりにします。」
言い終わりました。 ほっとしました。礼をして階段を降りても,心臓はドキドキ,膝はガクガクでした。
終わって教室に戻っても,担任の先生は私に何も言いません。

ここまで書いて,ふと思いました。
もしかすると,先生は,指導もしたし,終わった後で何か言葉をくださったかもしれない,と。ただ,私の脳裏に全く残っていないだけなのかも,と。
いやいや,それほど先生を立てなくてもいいかもしれません。何しろ全く記憶にないのですから。
まあ,先生の指導はどうであれ,自分にとっての「閉式の言葉」は,これだけ鮮明に覚えている出来事であり,その後の自分に自信をつけるまたとない体験であったことは事実なのです。

明日は運動会。児童が自分に自信をつける素晴らしい運動会となることを期待して・・・。
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by tan230 | 2007-09-21 20:09 | 教育
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