カテゴリ:教育( 41 )

雷教師

「地震雷火事親父」とか「雷親父」なる言葉は死語になったと言われます。ならば,それになり代わって,私たち教師が「雷教師」となりましょう。
「雷教師」は,昨日付けの下野新聞を読んでいて,ふと思い浮かんだ言葉です。
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どうもわが国には子どもに甘い家庭が多いらしい。財団法人・日本青少年研究所が日本を中国,韓国と比較したところ,[先生や親の言うことをよく聞きなさい]と親に言われる子どもは二割前後で,中韓両国の半分程度だった。[ゲームをやめなさい][うそをついてはいけない]と言われる子どもも両国に比べて相当少ない。親が雷を落としていないことがわかる。子どもの将来を考えると,やさし過ぎるのは考えものだ。時には雷を落としたい。夫婦のどちらでもいいが,やはり雷といえば親父の方が座りがいい。十七日は父の日。
(2007年6月17日付 下野新聞 雷鳴抄より)
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また,今朝の読売新聞のトップは「親の理不尽な要求,抗議に学校苦慮-18教委クレーム対策-」という記事でした。ようやく親の在り方に口を出す記事が出てきたことを嬉しく思うと同時に,そのクレームの内容の「いいかげんさ」には,ほとほとあきれました。自己中心のわがまま三昧,周りの迷惑考えない,・・・要するに常識はもちろん品位も知性もなく暴徒と化した大人の蔓延は,わが国の滅亡を予感させるに十分なるものがあります。
「国滅ぼすにゃ~刃物は~いらぬ~ だめな~教育すれば~よい~」と,都々逸の一つも唸りたくなるというものです。
だめな教育とは,自由放任主義,責任果たさず自己主張通す,周りのことより自分が大事,自分責めずに他を責めるといった価値観を植え付ける教育です。これを徹底的にたたき込むのです。いや,「徹底的にたたき込む」という表現は似つかわしくありませんね。これらの価値観は,たたきこまなくても心の底から「むくむく」といくらでも湧き上がってくるものだからです。

学校が責任をもって徹底的にたたき込むこと,それは,やはり辛抱することと協調することだと思います。「不易と流行」という言葉が平成元年以降教育界を席巻しています。最近,私は,「辛抱と協調」こそが「不易」ではないかと思うのです。不易とは普遍の教育内容であり,流行とは時代により地域により変化する教育方法だといえましょう。そう考えると,不易と流行は対立する概念ではなくて一体であり,例えるなら鶏卵のようなものではないかと思います。不易なるものとは鶏卵の中身,流行とは卵の殻です。
  不易なる辛抱の黄身と協調の白身を護る流行の殻  友部丹人

「楽しい学校」という表現にも私は首を傾げます。楽しいだけでは遊園地ではあり,学校ではないと思うのです。苦しさを乗り越えて楽しさがあること,辛さを乗り越えて成長があること,などの「辛抱」体験をさせることこそが学校の真の存在意義だと思うのです。子どもの側に立つとか,一人一人を大切にするという言葉の真の意味を取り違えた教育は,先に述べた,自由放任主義,責任果たさず自己主張通す,周りのことより自分が大事,自分責めずに他を責めるといった滅国者の価値観を生むことに繋がる危険性も大いにあることを肝に銘じたいものです。
題名の「雷教師」ですが,いつもいつも雷ではだめですね。ヒステリー教師でもなく,文句教師でもなく,ここぞという時に子どもの心に締まりと筋(心棒)をつくる雷を落とせる教師でありたいものです。
(平成19年6月18日)
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by tan230 | 2007-06-18 21:44 | 教育

車間距離

今朝,通勤途上のことです。
県道52号線(石岡城里街道-石塚街道)を南下して涸沼川にかかる仁古田橋を渡り,岩間工業団地入り口の信号を越えると,いつもは渋滞のほとんどない俎倉(まないたぐら)の交差点までの道路が渋滞しています。事故でもあったのかな,と思いながらノロノロと進む前の車に付いて進みました。
やはり事故でした。交差点の手前二十メートルほどの地点に,追突され,追突した三台の車があり,舗道に5,6人の人たちが立っていました。まだ警察も来ておらず,事故からさほど時間が経っていないと思われました。車の損傷はさほどひどくないようだし,けが人も出ていない様子。不幸中の幸いと,ホッとしながら脇を通り抜けました。

さて,朝の通勤時間帯の事故は,教職員の事故の中でも件数が最も多いようです。それも「加害事故」が多いと聞きます。事故を起こさない・事故に遭わないための心がけは,常日頃から十分に考えておく必要があります。
さて,皆さんは車を運転する上で,事故を起こさない・事故に遭わないために,特に心がけていることは何ですか?
私の場合は,「適度な車間距離をとること」です。

(1) 車は一秒間に何メートル進むか?
時速10㎞では,10000m÷3600秒=2.77777777777777777777777777777777777... m  で,約3m。
時速50㎞ではこの5倍ですから約14m,時速100㎞では約28mにもなります。

(2) 停車するまでの距離は?
自動車学校で急ブレーキをかけてから停車するまでの距離について学びましたね。うろ覚えですが,時速が早くなればなるほど停車までの距離は伸びると教わった記憶があります。また,雨の日などはもっと長くなるということも。

(3) 車間距離は2秒以上!
さて,「適度な車間距離」とは・・・。
時速40㎞なら20m,時速100㎞なら100mでしょうか。
ジャフメイトという雑誌だったか,記憶がちょっと曖昧ですが,「車間距離は2秒以上」という記事を読みました。距離を秒で表すというのは面白いなあと思いました。前の車がある目印を通り過ぎて「いち,に」と数えてみる,自分の車がその目印に行くまで二秒以上かかる距離ならOKということだそうです。万が一の場合に備えて,判断に1秒,操作に1秒の合わせて2秒は少なくとも必要だ,という意味付けは 説得力があります。3秒とれば安定した車間距離と言えそうです。

(4) 金魚の糞では良いことなし!
車間距離をとらないで,金魚の糞のようにくっついて走っている車を見かけることがあります。そんな車に後に付かれるのは困りますね。このような車は,前を走る車のちょっとしたスピードの低下にもブレ ーキを踏んでいます。つまり危険なだけでなく,燃費も悪くなるということです。

さて,今朝の三台の追突事故も,車間距離を取ることによって回避できた可能性が高いと思われます。
ゆるく左にカーブしている道を走っていたら,走っていたはずの前の車が停車していて,あわててブレーキを踏んだら,自分は追突はしなかったものの,後の車に追突された,という経験をもつ私は,車間距離は,人一倍とるようにしています。
今朝の天気予報では,関東は明日が梅雨入りとか。雨の日は事故も多くなるようです。
出勤,退勤時,心だけでなく車間距離にも余裕をもって運転したいものです。
(平成19年6月13日)
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by tan230 | 2007-06-13 21:33 | 教育

朝の指導

6月の経営の重点の中に「朝一番に教室に行き,児童を迎える」を掲げ,一昨日の職員会議の冒頭で伝達しました。昨日,今日と,朝先生方が真っ先に教室に行き,登校してくる児童を迎えている姿を見て,本校の先生方の行動力に驚いています。ありがたいという思いでいっぱいです。

 朝がその日を約束するように少年の日は大人の日を約束する

どこかで聞いた格言です。この格言の本質は後半でしょうが,前半にも深い意味を感じます。
自分が小,中学生だった頃を思い出してみてください。
朝,登校して教室に入るときの気持ちはどうだったでしょう。
元気に明るく,友達も多く,楽しく学校生活を送っている児童もいるでしょう。しかし,おとなしくて,友達も少なく,全てに控え気味な児童もいるはずです。
この朝の時間に教師がいるといないでは,その学級のその一日はまるで違うものになるでしょう。
教師は,いるだけでいいのです。
教室に入るときあいさつをしているか,荷物の整理をしているか,どんな言葉を交わしているか,顔色はどうか,・・・何気なく見てみる,きいてみる。元気がなさそうな子には,褒め言葉を一つ投げる。(元気がなさそうな子に「元気ないね」と言うのはよくありません。「髪の毛が光ってるね」「朝ご飯おいしく食べられた?」など。)
朝,教室に入ったときに先生がいる。→なんだかうれしい。→心が正しい方を向く。→今日も頑張らなくちゃと思う。子どもの心にそんな変化を与えられる教師でありたいですね。また,そうでなければ,そこにいる意味もないと思います。

今年度も朝の読書の時間を設定しています。
茨城県では「みんなにすすめたい一冊の本」推進事業を引き続き展開し,4~6学年の50冊読破児童数の割合を学校毎に算出して発破をかけています。県の目標値は50%です。本校は昨年度どうだったかというと,18%でした。これは決して高い数値ではありません。
学校図書館担当の市村先生が掲げた今年の本校の目標値は,10冊:100%,30冊:60%,50冊:40%です。「読書ぎらい」の子をつくらない程度に,抑えて取り組んで欲しいと思います。
私自身,小学校時代に年間50冊も本を読む子どもではありませんでした。毎月届く学研の「学習」という雑誌(当時は学校の玄関付近に業者が来て販売していました。)はよく読みました。いや,付録が楽しみだったような・・・紙製の姫路城を作ったことを思い出します。図書室から本を借りたことも数えるほど。夏休みに数冊読んだ程度でした。
「読書指導は良いもの」という観念があります。しかし,いつも言うように,この世の全てのことは表と裏,清と濁があるのです。「読書指導による弊害」も必ずあるのです。それは,読書嫌いも増えるということ。読書に疲れ果てて,大人になって読む気になれない状況になること。
読書指導の目的は,もちろん,心を育てることですが,併せて,大人になったときに,取捨選択して必要な情報を得たり人間性を高めたりする読書ができる人になることです。
読むに非ずして眺めて頁をめくっただけでも一冊読んだことにできてしまいます。何%という数値のみが一人歩きしては意味がありません。
読書を推進するなら,読んだ本が子どもの心に沁みる一冊とさせたいですね。
是非,本校の「しんぼう90冊」をすすめてください。
絵本,童話などもよいでしょう。
絵本や童話は教室に何冊ありますか?少なくとも30冊は揃えたいものです。もちろん6年生の教室にもです。
何を読んでいいか決められない場合には,絵本,童話から入るのがよいのです。
学区にお住まいの方々に呼びかけて,家庭で眠っている絵本,童話,小学生が読める本を寄付してもらおうと思います。少しでも,読みやすい本が全教室に揃うように・・・。
(平成19年5月24日)
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by tan230 | 2007-05-24 21:28 | 教育

コブクロの「蕾」

早速ですが,この歌のサビの部分の歌詞は,

 消えそうに 咲きそうな 蕾が今年も 僕を待ってる       5587
 掌じゃ 掴めない風に 踊る花びら 立ち止まる 肩にひらり         58756
 上手に乗せて 笑ってみせた あなたを一人 思い出す      7775

 風のない 線路道 五月の美空は 青く寂しく         5587
 動かない ちぎれぐも いつまでも 浮かべてた どこにももう 戻れない  555565
 僕のようだと ささやく風に キラリ舞い 落ちてく涙     7757

です。多少の字余り字足らずはあるものの,基本的に五音七音を基調としていることがわかります。
日本語は三,五,七音がいい調子を生みます。七五三と書けば「しめ」とも読みます。「しめなわ」は「七五三縄」と書くし,正月の松飾りも「しめかざり(七五三飾)」と言いますね。

 三本締めは チャチャチャ チャチャチャ チャチャチャ○チャ の335音です。
 三三七拍子は チャチャチャ チャチャチャ チャチャチャチャチャチャチャ の337音です。
 万歳三唱は,バンザーイ バンザーイ バンザーイ の555音です。
 乾杯の発声は,カンパーイ の5音です。
 ドン・ガバチョは,みなさーん の5音です。
 こんにちはの省略形は,チワッス の3音です。

前書きが長くなりましたが,つまり日本の歌,つまり和歌です。
六年生の国語の単元に「短歌と俳句」があります。今年も授業をさせてもらおうと準備に入りました。
昨年は,校歌から始めました。校歌は75757575757577音です。今年は,子供たちが好きな歌謡曲も使ってみようと思い,増形先生にきいてみたところ,この歌を紹介されたわけです。さて,歌詞をインターネットで検索してみようと・・・なかなか出てきません。中庭先生がすかさず,「コブクロ 蕾 歌詞」で検索・・・するとどうでしょう,クリック一発で出てきました。天晴れです。素晴らしさに拍手です。
さて,ご承知の通り,和歌は五七を二回以上繰り返して最後に七を付けます。つまり,57575757・・577 という音になりますね。その中で最も短いものは,57577 です。57を二回繰り返して絞めの7を付けるものです。これを短歌,それ以外を長歌と呼ぶこともあります。

例えば,蕾の歌詞からことばをつまんで並べてみると・・・

 あの人を 思い出させる 咲きそうな 蕾今年も 僕を待ってる
 掌に 落ちそうで落ちぬ 花びらは 立ち止まる君の 肩にひとひら

 五月空 青うつくしく 寂しくて 線路の道に 吹く風もなし
 戻れない 僕のようだと ちぎれぐも 五月の風に キラリと涙

さて,もっと短いものがありますね。俳句の575です。
これは,短歌から生まれたものです。連歌といって二人が組みになり,一人が上三句575を詠み,もう一人が下二句77を詠むというもの。上三句を発句と言っていたものが,だんだんとそれだけが独立して発達し,俳句となったといわれます。

 あの人を 思い出させる 蕾かな
 戻れない 僕に五月の ちぎれぐも

(平成19年5月7日)
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by tan230 | 2007-05-07 21:21 | 教育

小学校におけるキャリア教育

学校教育指導方針(H19 茨城県教育委員会)を見ると,昨年度以上にキャリア教育を重視していることが伺えます。24頁には,重点として「学校教育への位置付け」が掲げられ,学校の教育活動全体を通じて,小学校段階から組織的・系統的にキャリア教育を推進することを努力事項としています。  
その具現化のための取組としては,次の2点が挙げられています。

○ キャリア教育の全体計画やそれを具体化した指導計画の作成
○ 体験活動等の活用
  ・小学校における職場見学等の体験活動を通した,望ましい勤労観・職業観の醸成

キャリア教育の目標は「望ましい勤労観,職業観の育成」です。これは本校教育の目標である「辛抱する力,協調する力」に発するものであり,また,人間力として捉える「人間として生き抜く力」に直結するものといってよいでしょう。
本校では,昨年度キャリア教育全体構想を作成しましたが,見直しと改善が必要です。
校長として,本校教育におけるキャリア教育を整理してみたものが次の図です。

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辛抱する力   →深謀 心棒→   生きる力    →信望  心棒→     人 間 力 
協調する力               徳 知 体                    生き抜く力
 
方法を知る   怠けずに働く    自己のよさを知る  自己を生かす   勤労観・職業観を深める
技能を身に付ける  よりよい方法を生み出す  できることを探し実践する  職業と人生の一体化
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小学校におけるキャリア教育で,私が最も重要と捉えているものは「清掃」です。清掃の時間はまさにキャリア教育実践の場であると思います。
清掃ができない者には勤労観も職業観も「馬の耳に念仏」です。(ただし,清掃したくともできない状況にある人を除きます。)
清掃が充実すれば学級の当番活動や係活動も活発化します。それがもととなって学級会活動,児童会活動の充実へと結びついていくと考えます。
家庭生活までを含めて勤労(清掃等)の指導段階(評価基準)を仮にまとめてみたものが次の表です。


段  階        1        2            3        4         5
身に付ける力   知識・理解    技能        意欲判断    課題発見    創造力
家での手伝い  方法がわかる ぬけなくやる      毎日やる   探してやる  工夫してやる
学校での清掃  方法がわかる ぬけなく早くやる  怠けずにやる  探してやる 協力し合い工夫して美しくする


勤労は国民の義務の一つです。勤労の重要性を教えることは当然であり,今さら,なぜ「キャリア教育」なのかに思いを馳せれば,ニートの問題をはじめ,個人主義の蔓延など,現代社会の危惧すべき状況に発するものであろうことはたやすく導き出せます。
今,ふと閃きました!見えてきました!
上記の評価基準で,家庭と学校がそれぞれに毎学期,一人一人の子どもを評価してはどうでしょう。通信票の中にも清掃や当番活動について評価項目を設けたらどうでしょう。
見ていないと怠けて仕事をしない子をゼロにするという取組です。これこそが,生きたキャリア教育だと思いますし,それだけを徹底できれば小学校のキャリア教育は十分であるとさえ考えているのです。
(平成19年4月24日)
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by tan230 | 2007-04-24 10:47 | 教育

親子で登下校の日

暖かい日でした。第一回「親子で登下校」の日の今日は,天候はもとより心も温かくなる一日でした。
果たしてどれだけの保護者が児童と一緒に登下校してくださるだろう,これが最も気になるところでした。
事前の調査によれば

 親子で登下校:169人,自家用車:51人,自転車:13人,その他:11人   計244人

となっています。これは,驚くべき数字です。
PTA総会への参加数は117人でした。実家庭数185の63%にあたります。また,学年懇談会への参加数の合計は196人でした。この数は児童数の77%に達します。保護者の方々の学校への協力度がここに見える気がします。
しかし,また,この数値に満足してはならないとも思います。
それは,もっと数値を上げるという意味ではありません。今回親子で登下校に協力してくださった保護者の方々の満足度はどうなのかということです。今後,親子で登下校の日を設定したときに,また親子で登下校しようと思う方がどれくらいいるのか,ということです。
私たちは,そのあたりを丁寧に考えてみる必要があると考えます。
もし,もう二度としたくないと思う方がいらしたとしたら,なぜそう思うのか,原因を突き止め,学校として工夫・改善する余地はないかを考えなければなりません。

私なりに今日を振り返って考えていることを記しておきます。

1 登校
児童の登校を多くの保護者が見守りながら歩く姿を見てうれしく思いました。児童もうれしそうでした。 登校時刻を三十分遅らせましたが,妥当だったでしょうか?

2 PTA総会
多くの参加者のもとで総会が開かれて,とてもうれしく思いました。校長として学校経営の進め方について話したいことがたくさんありましたが,辛抱,家庭への協力依頼(早寝早起き 食 手伝い 読書),学校保健会指定研究発表会への協力依頼,小学校区コミュニティ発足についての4つのみを話しました。議事については,簡潔に報告と提案がなされ,全ての議案が原案通り承認されました。予定通り45分ちょうどでした。

3 授業参観
教室に入れずに廊下に立っている保護者の方も多くいらっしゃいました。教室を見ると,中もいっぱいです。それでも少し詰めて入ってもらえば,全員入れそうな教室もありました。中で授業をしていると気がつかない場合もあるでしょうが,参観のときは,教師は全員が入れるように一言声をかけるようにするとよいと思いました。

4 懇談会
昨年の懇談会の参加数は各学級7~10人程度だったときいています。今回は八割近い参加率で,担任もいつも以上に緊張したのではないでしょうか。
懇談会は担任としての「意気込み」を伝える大切な場です。「いい先生でよかった」と信頼感をもっていただくための場です。いずれの学年も丁寧な懇談会資料を用意して年間のめあてや予定を確認できたことと思います。

最後になりましたが教師にとって今日一日の流れはどうだったでしょう。親子で登下校を今後定着させていくために,工夫・改善すべき点を検討したいものだと思っています。
(平成19年4月21日)
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by tan230 | 2007-04-21 10:17 | 教育

教員評価の導入に思う

本年度から「教員評価」が試行が始まりました。
評価といえば,これまでは,児童生徒の学習状況や生活状況の評価,あるいは学校の経営状況の評価は行われてきましたが,教員一人一人を評価することが前面に出ることはありませんでした。しかし,保護者間においては,わが子を担任する教員はどうであるか,「当たり」か「はずれ」かは大きな関心事の一つであり,「あの先生はいい」「あの先生はだめ」という「評価」が,日本国中どこでも行われています。
私たち教員は,保護者による高い評価を獲得することも極めて重要です。
(1) 結果としての評価
どんな評価もそうであるように,教員評価においても,評価は先にあるのではなく,結果としての評価であることを肝に銘じたいものです。つまり,よい評価をもらおうとしての仕事ではなく,目の前の児童のためにできることを精一杯行った結果としてよい評価が付いてくる,というスタンスです。
「よい評価をもらおうとしての仕事」と「結果として付いてくる評価」とはどう違うのかを考えてみたいと思います。
前者の場合は,児童を中心に置かず,自分を中心に置いていることが多いと思われます。自分をよく見せることが目的となります。児童が思うような動きをしない場合,その責任を己の指導方法に見いだそうとするよりも,児童が悪いから・・・と転嫁することにもなると思われます。
それに対して,後者の場合はどうでしょう。目の前の児童を少しでも成長させたいという熱意に裏付けられた仕事は「崇高さ」があります。教師としての自分は「野垂れ死に」しようとも・・・という捨て身の姿です。児童の幸せの追求を最前面に打ち出した教育実践です。「よろこんでお世話をさせていただく」という構えです。
世話とは,福澤諭吉が「学問のすすめ」の中で述べているように,「保護」と「命令」の二つがありますね。保護とは「人格を認め,大事にすること」であり,「命令」とは「成長を期待して指示し,時には厳しく諫めること」です。
(2) 教員評価の醍醐味は
教員として,最もうれしいことは,児童生徒から慕われ憧れられる教師となることではないでしょうか。「先生に教えてもらえてよかった,ありがたかった」と言ってもらえたときのうれしさは,教師冥利に尽きるものだと思います。
今年から始まった教員評価では,第1次評価者は教頭,第2次評価者は校長です。しかし,教員にとって,一番の評価者は「児童生徒」であり「保護者」であることは自明の理です。
(3) 評価とは期待すること
教員は学期毎に児童生徒を評価して通知票を作成します。これは,とても難しいことですね。A,B,Cや1,2,3 で表すことへの躊躇が常に付いて回ります。それは,評価に「完璧」は有り得ないからです。
評価はこれとこれを使ってこうすればよい,と算数の公式のように結果の出るものではありません。ですから,自分が数値を付けて評価する立場にあることへの「畏れ」をなくしてはならないと思います。なぜなら,その数値や記号一つで,一人の人間の人生を左右するかもしれない・・・それほど重いものであるからです。
このように考えたとき,「評価とは期待すること」と捉えるべきであり,その基本は,「やる気につながる」ものにすることだと思うのです。  
(4) 人事考課制度の導入
教員評価結果を給料に反映させることへの危惧を抱いている人も少なくありません。教員評価は教員集団を分裂させるものだと言い切る人もいます。しかし,もともと分裂しているのが集団なのです。今でさえ,「給料泥棒」と揶揄されている人もいるではありませんか?分裂を統一に変えるには,いつの時代も構成員一人一人の努力が必要なのです。
SABCDの5段階の評価値でSは特別昇給,Dは昇給延伸,それ以外は現在と変わりないのではないかと思います。熱意をもって精一杯仕事に取り組む人の給料は下がるはずがないし,是非そうあってほしいと思うのです。
(平成19年2月15日)
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by tan230 | 2007-02-15 09:25 | 教育

学校へのクレーム

ある週刊誌に興味深い記事が載っていたので紹介します。
「学校をダメにする『イチャモン』父兄驚愕録」というものです。
一読して,これは「学校を活性化させる保護者からのクレーム」と解して読むべきだなと感じました。週刊誌の記事の多くは読者の興味を煽る題名を付け,「なにそれ?」「そんなにひどいの?」と驚かせるような特殊な事例を紹介するというのが常套手段。今回もまさにそのとおりでした。
まず標題。未だに「父兄」という言葉を使用していることに全くもって呆れました。封建時代さながら,かつ時代錯誤甚だしく,編集長の資質が疑われます。
この記事の執筆者は,○○大学大学院教授です。教授ときくといかにもきちんとした調査や研究の上に立って論を述べているように思えますが,実際のところはどうなのでしょう。いわゆる専門○○と言われる変人も少なからずいることを頭の隅に置いておくべきではないでしょうか。
さて,記事の中では「イチャモン急増のワケ」として次の5つにまとめられています。
① 日本の学校が教科指導のみならず生徒指導を重要な機能として抱えているために,苦情の受け皿となりやすく,際限なく無理難題を受け入れることになった。
② マスコミによるステレオタイプ化した報道によって,学校や教師への過大な期待,否定的評価がともに増幅されている。
③ 国の教育政策の迷走が教育不信を生み出し,末端の学校がその尻拭いをさせられている。教育改革病ともいうべきこの迷走は,教育現場を疲弊させ,きちんと子どもや保護者に向き合うための体力をも奪っている。
④ 保護者についての世代論的考察も必要。「金八先生」に象徴されるように学校の機能・役割への期待が増大した70年代,そして80年代後半のバブル経済とその崩壊。そういう時代を生きてきた世代の意識と行動がイチャモンの増大に影響している。
⑤ 昨今の構造改革によるリストラや生活苦が広がる中で,多様に積み重なったストレスのはけ口として学校が選ばれている。
5つのワケを順に読んでみての感想は,「ふ~ん」といった印象を免れません。そうかもしれないとも思うし,そんなことはないとも思えます。ワケとして項目立てて述べている割には,説得力に欠け,ちょっとお粗末なワケです。①の「際限なく無理難題を受け入れることになった」には,首を傾げざるを得ません。また③は国の教育政策を挙げていますが,これもちょっと?です。私は,社会全体の個人主義への傾斜こそ問題であり原因の一つであると考えます。
人間が共に生きる社会においてクレームはいつの時代にも必ずあるもの,と腹をくくっていればいいのです。
私はクレーム大歓迎です。イチャモンでもいいから,どんどん学校に情報を寄せて欲しいと思っています。人間ですから間違いもあるし,一生懸命やっても抜けが出ることがあります。そこでクレームをつけてもらうことによって,間違いや抜けがわかるのです。それは現在の取組を真剣に見直すことに繋がります。
開かれた学校づくりで最も大事にしたいことは,「聞く耳をもつ」ことです。ただし,聞くことと「きく」こととは違いますよ。(「きく」=言われたとおりにすること)
福岡の中2生徒自殺という悲しい事件についても,どうしてもっと早くから学校の指導の在り方についてクレームがつかなかったのでしょうか。最悪の事件が起きてからでは,いくらクレームをつけても時すでに遅く全てが空しいばかりです。

クレームへの対応の基本として徹底したいことは次の5つです。
・クレームは必ずあるもの,なければおかしいもの,と考えること。
・クレームを嫌がらない,恐がらない,正々堂々と受けること。
・意見をお寄せいただきありがたいという感謝の心をもつこと。とにかく,話に真剣に耳を傾ける。明らかにこちらのミスの場合は丁寧に謝る。場合によっては,校長又は教頭と同道にて家庭訪問をして謝罪する。
・クレームの内容や願っていることは,こちらの意図と同じか違うか,違うとすればどこが違うのかを明確にすること。違いがある場合,学校としての「ねらい」や「意図」を丁寧に伝える。
・クレームの内容を生かせないか検討する。次回の計画に十分に生かす。

クレームをもとに学校への信頼を確固たるものに変える。それができてまことのプロといえましょう。
(平成18年10月20日)
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by tan230 | 2006-10-20 09:33 | 教育

地域の教育力

前号の最後に「16日は絶好の天気となりましょう」と書きました。しかし,そのとおりとなるとは全くもって驚きでした。いやー,これひとえに雨の神である教務主任「惣和尊」の威力の辛抱による賜かと思われます。みなさん,平にお礼を申し述べましょう。
冗談はさておき,運動会を終えて,子供たちの満足度はどうでしょう。今日の1校時に行ったアンケート調査の結果が楽しみです。担任の先生方は一人一人の満足度を捉え,今後の指導に生かしてください。満足度の高い子にはなぜ高いのかを,低い子にはなぜ低いのかを考えさせることが大切です。「人のせい」にすることが習慣付いている子は,おもしろくないことを「人のせい」にします。「自分が辛抱や努力しないのを棚に上げて人のせいにばかりして不満ばかりを募らせる」という悪の循環に陥っている人間が世の中にうじょうじょいます。児童をそんな悲しい人間にしてはなりません。
さて,今日の午前11時頃でしょうか,学区内の方から電話をいただきました。教頭先生が受けられて,「校長先生,苦情らしき電話かと思われますが。」ということで取り次いでくれました。どんなことかと受けてみると,(T:小生,K:電話者)
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T たいへんお待たせいたしました。校長です。
K (美しい声で)まあ,お忙しいところを失礼いたします。わたくし,A中の近くに住んでおる者でございます。ちょっと歯が・・・ごほっ,ごほっ・・・まあ申し訳ありません。ちょっと年なもので。
T いや,そんなことはありませんよ。たいへん美しいお声だと感じ入っておりました。
K ほほほ・・・ごほっ,ごほっ,・・・すみません・・・実は,昨日のことなんですが。いろいろ迷いましたが,校長先生のお耳に入れておいた方がいいかと思いまして・・・。
T そうですか。それはそれは,ありがとうございます。
K わたくしも,いろいろ本を読んでいるのですが,どの本を見ても「学校と保護者と地域が協力しあうことが大事だ」と書いてありましてね。わたくしも,地域に住む者として,この地区の子供たちがすこやかに成長してほしいと思っておりますので,・・・ごほっ,ごほっ・・・
T おっしゃりとおりです。私も地域の方の協力を得ながら進めたいと思っておりますので,たいへんありがたく思います。
K わたくし,この地で30年以上住んでおりますが,最近の子供は昔とすっかり変わりました。まず「うそつき」です。自分に都合の悪いことはうそをついてごまかす,親もそれを鵜呑みにする。それに,今の子供は何を考えてるのかわかりませんね。人の前ではいい子のふりをして,見ていないところでは悪いことをしてる・・・目が離せないですよ。
T 最近の子供は規範意識が低下しているとよく言われます。私はこの4月からここに参りました。子供たちは全般的に素直で明るく,落ち着いているな,という印象を持っているのですが,学校外では,そうではない点があるのでしょうか。
K そうなんです。昨日のことなんですが,午後4時頃です。家では犬を飼ってまして。これが頭のいい犬でして。普段は吠えないんです。この犬が吠えるものですから,何だろうと思って外へ出てみたんです。
T はい。
K すると,家の前の道,これが細い砂利道で前日の雨で水たまりがたくさんできていて。それに,行政にいくら言っても刈らないものですから,鬱蒼と雑草が茂っていて,周りからよく見えないんです。子供が悪いことをするのに絶好の場所になっているんです。
T ほう。
K そこに小学生が3人いたんです。
T はい。
K どこから来たの,ってやさしく聞きました。今の子は怒っては何をするかわからないって言われてるでしょ。どこから来たの?って聞くと,ファイブテンの方から来たって言うんです。家から離れてますでしょ。見たことのない子供たちでした。
T はー。
K 何してるの?自由研究?って聞くと,一人の子が「へびと遊んでるの。」と言いました。へびに噛まれたら危ないよ,と言いました。すると,別の子が「人間を殺すワクチンの研究をしてる」 と言うんです。わたくし,びーっっっっっくりして。
T ほーーー
K 今,世間では凶悪な事件が多くなってるでしょ。そして,小学生が「人間を殺すワクチンを研究してる」と言うとは,もう開いた口がふさがらないというか・・・・。おまわりさんが来たらしかられますよ,人間を殺すなんて言ってる子はおまわりさんに連れていかれちゃいますよ,とわたくし言いました。
T ほーほー
K そのうち,子供たちは戻っていきましたが。校長先生,命を大事にする教育をしてください。昔はそういう映画もたくさんありましたよ。今はドラマといえば殺人ですもの。校長先生,よろしくお願いしますよ。
T わかりました。貴重なお話をいただいて,ありがたく思います。命の尊さについて,十分に指導いたします。
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最後に,お名前,電話番号などもお聞きしました。70歳以上になるおばあちゃんでした。「人間を殺すワクチンの研究」という小学生の言葉にひどいショックを受けたのです。
よりによって敬老の日にそんな悪態をつく子供に対しては,帰りなさいなどと言わずに,とっつかまえて,隣近所の人を集め,大人総出で尋問し,あざができるくらい尻をひっぱたいて欲しかったなーと思うのは,私一人ではありますまい。
(平成18年9月19日)
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by tan230 | 2006-09-18 09:49 | 教育

感性の教育

「徳の中に知も体も含まれる」ことを改めて強く感じさせてくれたものとして,寺門光輝先生からいただいた資料「感性教育の大事さ」を挙げることができます。(下記参照)
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感性とは  ・対象に働きかけるときの心の働き
        ・対象からの働きかけを受け取れる心の働き

     自分 →   心を(に)寄せる   心を(に)移す      →    対称
         ←   心を(に)とめる 心に受け入れる        ←
             心をあずける 心で感じる 心で味わう

 感性とは心に価値や意味を感じとる力
  心的,知的,創造的な面で生き生きといきていく基となる心のエネルギー
 感性の働き
  1 感情,情緒,情操を豊かにする
  2 気づきや発見など,知を刺激し,強固にする
  3 好奇心など意欲を引き出し学習を能率化する
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感性教育においては,「教師の感性が全てである」と思います。前号で感性を磨く努力の重要性を指摘しましたが,「教師の感性を磨く試み」として寺門先生は次のような問いかけをしています。
1 あなたは,子供の何に感動しましたか。
2 あなたは,子供に感謝のことばを言いましたか。
3 あなたは,子供の話を最後まで聞きましたか。
4 あなたは,子供に語ってきかせましたか。
5 あなたは,子供に祈る姿を見せていますか。
6 あなたは,子供に詫びる心をもっていますか。
7 あなたは,子供に自分の生きざまを,また,ご先祖様に関するお話をしたことがありますか。 
ありがたい問いかけだな,と思います。日々の忙しさに追われ,経験を積むにつれて,ともすると傲慢になってきてはいないでしょうか。ふと気が付くと「子供を見下す」ような考えをしている自分がいた,という苦い経験を思い出します。
寺門先生は,さらに,「黒板メッセージ」というものを紹介しています。これは,何気なく気付いたこと,感じたことを黒板に書いておくというものです。

・ 1時間目,ちょっと寒かったけど外に出ました。みんなは,いろんなところで春を見つけたね。木の芽,小さなクローバー,ふきのとう,風のにおい,木のあたたかさ,たんぽぽ,空の色・・・。先生は,早くみんなと,この草原にねっころがって,大きな空を見たいなと思いながら見ていました。
・ 今,教室のまどから,まんまるな月が見えます。前に見た時から1ヶ月たったんだなあ,と,みんなの様子やがんばりを思い出しています。
・ 畑の草とりをしました。久しぶりの土のにおいで,なんだかとってもあたたかく,なつかしい気持ちになりました。
・ きのう,久しぶりにきれいな夕焼けを見ました。なんだか空を見ているうちにほっとしたよ!朝は,前よりも小鳥がたくさん鳴いているのに気づきました。一日の最初に,すごく元気をもらったように思いました。

朝,子供が登校する前に黒板に書いておくのでしょう。あるいは,子供が下校した後に書くのかもしれません。教師が自分の感覚でとらえた季節の変化,子供への思いや願いをさりげなく書いておく・・・素敵な先生ですね。書く書かないは別として,このような話を朝の会や帰りの会でたくさんしてほしいと思います。
(平成18年9月8日)
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by tan230 | 2006-09-08 10:04 | 教育