雷教師

「地震雷火事親父」とか「雷親父」なる言葉は死語になったと言われます。ならば,それになり代わって,私たち教師が「雷教師」となりましょう。
「雷教師」は,昨日付けの下野新聞を読んでいて,ふと思い浮かんだ言葉です。
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どうもわが国には子どもに甘い家庭が多いらしい。財団法人・日本青少年研究所が日本を中国,韓国と比較したところ,[先生や親の言うことをよく聞きなさい]と親に言われる子どもは二割前後で,中韓両国の半分程度だった。[ゲームをやめなさい][うそをついてはいけない]と言われる子どもも両国に比べて相当少ない。親が雷を落としていないことがわかる。子どもの将来を考えると,やさし過ぎるのは考えものだ。時には雷を落としたい。夫婦のどちらでもいいが,やはり雷といえば親父の方が座りがいい。十七日は父の日。
(2007年6月17日付 下野新聞 雷鳴抄より)
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また,今朝の読売新聞のトップは「親の理不尽な要求,抗議に学校苦慮-18教委クレーム対策-」という記事でした。ようやく親の在り方に口を出す記事が出てきたことを嬉しく思うと同時に,そのクレームの内容の「いいかげんさ」には,ほとほとあきれました。自己中心のわがまま三昧,周りの迷惑考えない,・・・要するに常識はもちろん品位も知性もなく暴徒と化した大人の蔓延は,わが国の滅亡を予感させるに十分なるものがあります。
「国滅ぼすにゃ~刃物は~いらぬ~ だめな~教育すれば~よい~」と,都々逸の一つも唸りたくなるというものです。
だめな教育とは,自由放任主義,責任果たさず自己主張通す,周りのことより自分が大事,自分責めずに他を責めるといった価値観を植え付ける教育です。これを徹底的にたたき込むのです。いや,「徹底的にたたき込む」という表現は似つかわしくありませんね。これらの価値観は,たたきこまなくても心の底から「むくむく」といくらでも湧き上がってくるものだからです。

学校が責任をもって徹底的にたたき込むこと,それは,やはり辛抱することと協調することだと思います。「不易と流行」という言葉が平成元年以降教育界を席巻しています。最近,私は,「辛抱と協調」こそが「不易」ではないかと思うのです。不易とは普遍の教育内容であり,流行とは時代により地域により変化する教育方法だといえましょう。そう考えると,不易と流行は対立する概念ではなくて一体であり,例えるなら鶏卵のようなものではないかと思います。不易なるものとは鶏卵の中身,流行とは卵の殻です。
  不易なる辛抱の黄身と協調の白身を護る流行の殻  友部丹人

「楽しい学校」という表現にも私は首を傾げます。楽しいだけでは遊園地ではあり,学校ではないと思うのです。苦しさを乗り越えて楽しさがあること,辛さを乗り越えて成長があること,などの「辛抱」体験をさせることこそが学校の真の存在意義だと思うのです。子どもの側に立つとか,一人一人を大切にするという言葉の真の意味を取り違えた教育は,先に述べた,自由放任主義,責任果たさず自己主張通す,周りのことより自分が大事,自分責めずに他を責めるといった滅国者の価値観を生むことに繋がる危険性も大いにあることを肝に銘じたいものです。
題名の「雷教師」ですが,いつもいつも雷ではだめですね。ヒステリー教師でもなく,文句教師でもなく,ここぞという時に子どもの心に締まりと筋(心棒)をつくる雷を落とせる教師でありたいものです。
(平成19年6月18日)
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# by tan230 | 2007-06-18 21:44 | 教育

車間距離

今朝,通勤途上のことです。
県道52号線(石岡城里街道-石塚街道)を南下して涸沼川にかかる仁古田橋を渡り,岩間工業団地入り口の信号を越えると,いつもは渋滞のほとんどない俎倉(まないたぐら)の交差点までの道路が渋滞しています。事故でもあったのかな,と思いながらノロノロと進む前の車に付いて進みました。
やはり事故でした。交差点の手前二十メートルほどの地点に,追突され,追突した三台の車があり,舗道に5,6人の人たちが立っていました。まだ警察も来ておらず,事故からさほど時間が経っていないと思われました。車の損傷はさほどひどくないようだし,けが人も出ていない様子。不幸中の幸いと,ホッとしながら脇を通り抜けました。

さて,朝の通勤時間帯の事故は,教職員の事故の中でも件数が最も多いようです。それも「加害事故」が多いと聞きます。事故を起こさない・事故に遭わないための心がけは,常日頃から十分に考えておく必要があります。
さて,皆さんは車を運転する上で,事故を起こさない・事故に遭わないために,特に心がけていることは何ですか?
私の場合は,「適度な車間距離をとること」です。

(1) 車は一秒間に何メートル進むか?
時速10㎞では,10000m÷3600秒=2.77777777777777777777777777777777777... m  で,約3m。
時速50㎞ではこの5倍ですから約14m,時速100㎞では約28mにもなります。

(2) 停車するまでの距離は?
自動車学校で急ブレーキをかけてから停車するまでの距離について学びましたね。うろ覚えですが,時速が早くなればなるほど停車までの距離は伸びると教わった記憶があります。また,雨の日などはもっと長くなるということも。

(3) 車間距離は2秒以上!
さて,「適度な車間距離」とは・・・。
時速40㎞なら20m,時速100㎞なら100mでしょうか。
ジャフメイトという雑誌だったか,記憶がちょっと曖昧ですが,「車間距離は2秒以上」という記事を読みました。距離を秒で表すというのは面白いなあと思いました。前の車がある目印を通り過ぎて「いち,に」と数えてみる,自分の車がその目印に行くまで二秒以上かかる距離ならOKということだそうです。万が一の場合に備えて,判断に1秒,操作に1秒の合わせて2秒は少なくとも必要だ,という意味付けは 説得力があります。3秒とれば安定した車間距離と言えそうです。

(4) 金魚の糞では良いことなし!
車間距離をとらないで,金魚の糞のようにくっついて走っている車を見かけることがあります。そんな車に後に付かれるのは困りますね。このような車は,前を走る車のちょっとしたスピードの低下にもブレ ーキを踏んでいます。つまり危険なだけでなく,燃費も悪くなるということです。

さて,今朝の三台の追突事故も,車間距離を取ることによって回避できた可能性が高いと思われます。
ゆるく左にカーブしている道を走っていたら,走っていたはずの前の車が停車していて,あわててブレーキを踏んだら,自分は追突はしなかったものの,後の車に追突された,という経験をもつ私は,車間距離は,人一倍とるようにしています。
今朝の天気予報では,関東は明日が梅雨入りとか。雨の日は事故も多くなるようです。
出勤,退勤時,心だけでなく車間距離にも余裕をもって運転したいものです。
(平成19年6月13日)
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# by tan230 | 2007-06-13 21:33 | 教育

朝の指導

6月の経営の重点の中に「朝一番に教室に行き,児童を迎える」を掲げ,一昨日の職員会議の冒頭で伝達しました。昨日,今日と,朝先生方が真っ先に教室に行き,登校してくる児童を迎えている姿を見て,本校の先生方の行動力に驚いています。ありがたいという思いでいっぱいです。

 朝がその日を約束するように少年の日は大人の日を約束する

どこかで聞いた格言です。この格言の本質は後半でしょうが,前半にも深い意味を感じます。
自分が小,中学生だった頃を思い出してみてください。
朝,登校して教室に入るときの気持ちはどうだったでしょう。
元気に明るく,友達も多く,楽しく学校生活を送っている児童もいるでしょう。しかし,おとなしくて,友達も少なく,全てに控え気味な児童もいるはずです。
この朝の時間に教師がいるといないでは,その学級のその一日はまるで違うものになるでしょう。
教師は,いるだけでいいのです。
教室に入るときあいさつをしているか,荷物の整理をしているか,どんな言葉を交わしているか,顔色はどうか,・・・何気なく見てみる,きいてみる。元気がなさそうな子には,褒め言葉を一つ投げる。(元気がなさそうな子に「元気ないね」と言うのはよくありません。「髪の毛が光ってるね」「朝ご飯おいしく食べられた?」など。)
朝,教室に入ったときに先生がいる。→なんだかうれしい。→心が正しい方を向く。→今日も頑張らなくちゃと思う。子どもの心にそんな変化を与えられる教師でありたいですね。また,そうでなければ,そこにいる意味もないと思います。

今年度も朝の読書の時間を設定しています。
茨城県では「みんなにすすめたい一冊の本」推進事業を引き続き展開し,4~6学年の50冊読破児童数の割合を学校毎に算出して発破をかけています。県の目標値は50%です。本校は昨年度どうだったかというと,18%でした。これは決して高い数値ではありません。
学校図書館担当の市村先生が掲げた今年の本校の目標値は,10冊:100%,30冊:60%,50冊:40%です。「読書ぎらい」の子をつくらない程度に,抑えて取り組んで欲しいと思います。
私自身,小学校時代に年間50冊も本を読む子どもではありませんでした。毎月届く学研の「学習」という雑誌(当時は学校の玄関付近に業者が来て販売していました。)はよく読みました。いや,付録が楽しみだったような・・・紙製の姫路城を作ったことを思い出します。図書室から本を借りたことも数えるほど。夏休みに数冊読んだ程度でした。
「読書指導は良いもの」という観念があります。しかし,いつも言うように,この世の全てのことは表と裏,清と濁があるのです。「読書指導による弊害」も必ずあるのです。それは,読書嫌いも増えるということ。読書に疲れ果てて,大人になって読む気になれない状況になること。
読書指導の目的は,もちろん,心を育てることですが,併せて,大人になったときに,取捨選択して必要な情報を得たり人間性を高めたりする読書ができる人になることです。
読むに非ずして眺めて頁をめくっただけでも一冊読んだことにできてしまいます。何%という数値のみが一人歩きしては意味がありません。
読書を推進するなら,読んだ本が子どもの心に沁みる一冊とさせたいですね。
是非,本校の「しんぼう90冊」をすすめてください。
絵本,童話などもよいでしょう。
絵本や童話は教室に何冊ありますか?少なくとも30冊は揃えたいものです。もちろん6年生の教室にもです。
何を読んでいいか決められない場合には,絵本,童話から入るのがよいのです。
学区にお住まいの方々に呼びかけて,家庭で眠っている絵本,童話,小学生が読める本を寄付してもらおうと思います。少しでも,読みやすい本が全教室に揃うように・・・。
(平成19年5月24日)
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# by tan230 | 2007-05-24 21:28 | 教育

コブクロの「蕾」

早速ですが,この歌のサビの部分の歌詞は,

 消えそうに 咲きそうな 蕾が今年も 僕を待ってる       5587
 掌じゃ 掴めない風に 踊る花びら 立ち止まる 肩にひらり         58756
 上手に乗せて 笑ってみせた あなたを一人 思い出す      7775

 風のない 線路道 五月の美空は 青く寂しく         5587
 動かない ちぎれぐも いつまでも 浮かべてた どこにももう 戻れない  555565
 僕のようだと ささやく風に キラリ舞い 落ちてく涙     7757

です。多少の字余り字足らずはあるものの,基本的に五音七音を基調としていることがわかります。
日本語は三,五,七音がいい調子を生みます。七五三と書けば「しめ」とも読みます。「しめなわ」は「七五三縄」と書くし,正月の松飾りも「しめかざり(七五三飾)」と言いますね。

 三本締めは チャチャチャ チャチャチャ チャチャチャ○チャ の335音です。
 三三七拍子は チャチャチャ チャチャチャ チャチャチャチャチャチャチャ の337音です。
 万歳三唱は,バンザーイ バンザーイ バンザーイ の555音です。
 乾杯の発声は,カンパーイ の5音です。
 ドン・ガバチョは,みなさーん の5音です。
 こんにちはの省略形は,チワッス の3音です。

前書きが長くなりましたが,つまり日本の歌,つまり和歌です。
六年生の国語の単元に「短歌と俳句」があります。今年も授業をさせてもらおうと準備に入りました。
昨年は,校歌から始めました。校歌は75757575757577音です。今年は,子供たちが好きな歌謡曲も使ってみようと思い,増形先生にきいてみたところ,この歌を紹介されたわけです。さて,歌詞をインターネットで検索してみようと・・・なかなか出てきません。中庭先生がすかさず,「コブクロ 蕾 歌詞」で検索・・・するとどうでしょう,クリック一発で出てきました。天晴れです。素晴らしさに拍手です。
さて,ご承知の通り,和歌は五七を二回以上繰り返して最後に七を付けます。つまり,57575757・・577 という音になりますね。その中で最も短いものは,57577 です。57を二回繰り返して絞めの7を付けるものです。これを短歌,それ以外を長歌と呼ぶこともあります。

例えば,蕾の歌詞からことばをつまんで並べてみると・・・

 あの人を 思い出させる 咲きそうな 蕾今年も 僕を待ってる
 掌に 落ちそうで落ちぬ 花びらは 立ち止まる君の 肩にひとひら

 五月空 青うつくしく 寂しくて 線路の道に 吹く風もなし
 戻れない 僕のようだと ちぎれぐも 五月の風に キラリと涙

さて,もっと短いものがありますね。俳句の575です。
これは,短歌から生まれたものです。連歌といって二人が組みになり,一人が上三句575を詠み,もう一人が下二句77を詠むというもの。上三句を発句と言っていたものが,だんだんとそれだけが独立して発達し,俳句となったといわれます。

 あの人を 思い出させる 蕾かな
 戻れない 僕に五月の ちぎれぐも

(平成19年5月7日)
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# by tan230 | 2007-05-07 21:21 | 教育

小学校におけるキャリア教育

学校教育指導方針(H19 茨城県教育委員会)を見ると,昨年度以上にキャリア教育を重視していることが伺えます。24頁には,重点として「学校教育への位置付け」が掲げられ,学校の教育活動全体を通じて,小学校段階から組織的・系統的にキャリア教育を推進することを努力事項としています。  
その具現化のための取組としては,次の2点が挙げられています。

○ キャリア教育の全体計画やそれを具体化した指導計画の作成
○ 体験活動等の活用
  ・小学校における職場見学等の体験活動を通した,望ましい勤労観・職業観の醸成

キャリア教育の目標は「望ましい勤労観,職業観の育成」です。これは本校教育の目標である「辛抱する力,協調する力」に発するものであり,また,人間力として捉える「人間として生き抜く力」に直結するものといってよいでしょう。
本校では,昨年度キャリア教育全体構想を作成しましたが,見直しと改善が必要です。
校長として,本校教育におけるキャリア教育を整理してみたものが次の図です。

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辛抱する力   →深謀 心棒→   生きる力    →信望  心棒→     人 間 力 
協調する力               徳 知 体                    生き抜く力
 
方法を知る   怠けずに働く    自己のよさを知る  自己を生かす   勤労観・職業観を深める
技能を身に付ける  よりよい方法を生み出す  できることを探し実践する  職業と人生の一体化
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小学校におけるキャリア教育で,私が最も重要と捉えているものは「清掃」です。清掃の時間はまさにキャリア教育実践の場であると思います。
清掃ができない者には勤労観も職業観も「馬の耳に念仏」です。(ただし,清掃したくともできない状況にある人を除きます。)
清掃が充実すれば学級の当番活動や係活動も活発化します。それがもととなって学級会活動,児童会活動の充実へと結びついていくと考えます。
家庭生活までを含めて勤労(清掃等)の指導段階(評価基準)を仮にまとめてみたものが次の表です。


段  階        1        2            3        4         5
身に付ける力   知識・理解    技能        意欲判断    課題発見    創造力
家での手伝い  方法がわかる ぬけなくやる      毎日やる   探してやる  工夫してやる
学校での清掃  方法がわかる ぬけなく早くやる  怠けずにやる  探してやる 協力し合い工夫して美しくする


勤労は国民の義務の一つです。勤労の重要性を教えることは当然であり,今さら,なぜ「キャリア教育」なのかに思いを馳せれば,ニートの問題をはじめ,個人主義の蔓延など,現代社会の危惧すべき状況に発するものであろうことはたやすく導き出せます。
今,ふと閃きました!見えてきました!
上記の評価基準で,家庭と学校がそれぞれに毎学期,一人一人の子どもを評価してはどうでしょう。通信票の中にも清掃や当番活動について評価項目を設けたらどうでしょう。
見ていないと怠けて仕事をしない子をゼロにするという取組です。これこそが,生きたキャリア教育だと思いますし,それだけを徹底できれば小学校のキャリア教育は十分であるとさえ考えているのです。
(平成19年4月24日)
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# by tan230 | 2007-04-24 10:47 | 教育